ついこの間まで、彼の発言のあれこれをつなげて憂鬱になっていた。
たとえば…求人をちらっと見たらうわこんな条件満たせないよってしんどくなり彼とあのまま結婚してたらもっとテキトーに就職してのらりくらりと過ごせたのに…ていうか落ち込んだ時は慰めてくれたよねと憂鬱になり
勉強でわからないところがあると、こんな理解力がないところで彼に呆れられたんだ…と涙が出て
髪を切った友達を見ると、わたし髪型をもっと似合う感じにしたら化けるって彼に言われたなあ…そんなにダメなのかな今の髪型…と悲しくなり
良い天気の日に散歩すると、彼は今頃べつの女とデート行ってるのかな…と気分が悪くなり
高齢者の方々を見かけるとわたしはこのまま誰にも見つからず孤独死する運命なのかな(超絶失礼)…と人生に絶望する。
よく考えたら恐ろしすぎる…どんだけ彼軸なんだ?
というか、重すぎるし怖すぎる…

この記事でも書いたが、私は願いを決めるとか以前に余計な思考が多すぎた。
それがいい方向に向かうことも多いんだけど、彼に関してはちょっと毒すぎる。
おそらく想像力や感受性が豊かで物事に集中しちゃうとそれしか見れない性質を持ってるんだと思うけど、これ全く自分の人生を生きれてないよね。
だってさ、めちゃくちゃ損な考え方じゃないか?
お天気の日はるんるんと爽やかにお散歩すればいいし、自分はどんな仕事があってるかなとワクワクしながら求人探したり勉強もできるはずなのに。
そして彼がものすごくいい男かというとそんなことはないことは重々承知で。
一緒にゲームしてたら思うような動きをしないとキレてくるし、
話題の内容は職場におならばかりするおっさんがいるとか鳩のフンの軌道を計算しながら歩くとか、
誰かに列の順番を抜かされたとかいうなんともちっさいクソどうでもいい愚痴を延々と垂れ流すという、なんだか非常に残念な所もあった。
正直その辺に歩いてる男性のほうがよほどマトモでいい人だと思う。
…ということを、前前回書いた記事を見返しながら考えていると非常にフラットに全てを考えられるようになった。
彼のこと今もすごく好きだけどそのことに気づいてから前より現実をどうにかしなきゃと前より考えなくなり、
「いわゆる”手放す”ってこーゆーことなのか…?」と。
まあ私のこと集中力は仕事や趣味に向かうととんでもない能力を発揮できそうなので、もっとエネルギーの使い所を調整すればいいのかな、と今更気づき始めている笑。
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