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何が起きても「愛されてる」に変換することにした

昨日の出来事をふまえ、無性にピザが食べたくなりピザを作った。(宅配じゃないんかい。)

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トマト缶とチーズとパルミジャーノをたっぷりかけて、オリーブオイルを振りかけたら、うますぎた。

ピザ屋のバイクを見てピザを食べたくなったので、自分でピザを焼く。

もうこの時点で、現実への返答としてはかなり強い気がする。

あともうひとつ。

もうね、とりあえず脳をバグらせようと思う。

具体的に何をするかと言うと、起こる出来事を全部、良い方向に変換する。

電車が遅延してる。

彼、わたしのこと大好きなんだな……。彼とのラブラブに浸る。

なんか眠い。

→ 彼、わたしのこと大好きなんだな……。彼とのイチャイチャに浸る。

勉強がなかなか進まない。

→ 彼、わたしのこと好きなんだなあ。彼とのニヤニヤ妄想に浸る。

ピザ屋のバイクを見かけて、ピザが食べたくなった。

→ 彼、わたしのこと好きなんだなあ。彼になでなでされてるところを思い浮かべる。そしてピザを作る。

手が痒い。

→ 彼、わたしのこと大好きなんだなあ。彼がさすさすしてくれているところを思い浮かべる。

もちろん、全部を彼に結びつけたいというより、何が起きても「私は愛されている世界線にいる」という前提に戻す練習だ。

現実に起きていることと、私が採用する前提は別でいい。

だって、現実は関係ないというなら、起こっている出来事にもいちいち悪い意味をつける必要はないはずだ。

電車が遅れても、眠くても、勉強が進まなくても、手が痒くても、私は愛されている。

彼に愛され、尊重され、幸せになる世界線にいる。

因果関係?

知らん。

今までは、嫌なことが起きるたびに「これは悪い予兆なのでは」と考えていた。

でも、それだって結局、因果関係のない出来事に勝手に悪い意味を貼っていただけかもしれない。

だったら逆もできるはずだ。何が起きても、いい意味にする。

何が起きても、私は愛されていることにする。

何が起きても、最終的にはうまくいくことにする。

狂ってる?

狂ってるくらいじゃないと、今までの思考癖は変えられない。

もちろん、事故や不調を軽く見ているわけではない。

ただ、そこに悪い意味を貼りつけて、自分を不安に沈めるのはもうやめる。

おーい現実、見てるか。

こっちは何が来ても、いいことしか見ねーぞ。

そして今日も、ピザはうまい。

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