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好かれることと、尊重されることを混同していた

私は今までだれかにすかれたり必要とされることが価値の証明と思いすぎてたのかもしれない。

会社では愛想良くしてたし冗談もよく言って場を和ませていた。

彼とも最初はノリよく話せていた。

当時通ってたジムのトレーナーにもいじられながらもよく話しかけられてた。

でも、ひとたび不都合なことが起きるとそんなものはすぐに崩れ去る。

親しみのあるキャラクターというものはそれだけ境界線がなくなる。不愉快なことや無理な要求も「この子だから」で済まされるし、彼なんて少し上手くいかないことがあっただけでもう好きじゃないとあっさり離れて行った。ジムのトレーナーには押せばこいつはいけると思われて断ってもしつこくオプションの商品を売りつけられそうになってた。

みんな、親しみがあって都合よく動いてくれそうな私に反応していただけで、本当の私のことを見ていたわけではなかったのかもしれない。

こう見ると全然わたしは自分の人生を生きてなかった。向いてないのにみんなによく見られるからと仕事を選び周りの人や彼に好かれるように必死になって…

世の中みてみろよ。好かれようとしてなくても個性的でも愛されてるじゃないか。

一体どうすればいいんだろう。どうすればそのままでも愛されるの?

「好かれること」と「尊重されること」を混同してたのかな。

「どうすればそのままで愛されるか」を必死に考えることじゃなくて、まず「そのままの私を雑に扱う人は採用しない」と決めること。

土足で踏み荒らしてくる奴らは全員不採用。

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